[沿革] エンジニアたちのヒストリー - 海軍技術研究所のエンジニアがつくった会社

三波工業は、第二次大戦後、海軍技術研究所及び海軍工廠の技術士官が設立した会社です。旧海軍の優秀な技術を温存し、将来に備えるため、技術者が集いました。そして今日まで、多くの先達の意志を引き継ぎ、技術力の進歩向上に努め、海上自衛隊の装備の技術支援を行っています。

1946年 11月 創立(横浜市西区平沼)
1947年 7月 南氷洋捕鯨船団に対する旧海軍の22号電波探信機の装備、保守整備及び修理業務を開始する。
1950年 1月 米国RCA社の技術代理店となる。
1952年 3月 米海軍MSTS及び仏極東海軍の指定業者となる。
1952年 4月 海上警備隊の発足とともに艦船搭載のエレクトロニクス関係機器の修理、オーバーホール業務を開始する。
1955年 6月 海上自衛隊が最初に建造した護衛艦「ゆきかぜ」の艤装支援業務を三菱重工(株)神戸造船所で開始する。
1958年 3月 防衛庁技術研究所の要求により、空中線及び関連機器等の研究開発業務を開始する。
1959年 6月 海上自衛隊の航空機搭載エレクトロニクス関係機器の修理、オーバーホール業務を開始する。
1968年 10月 潜水艦に搭載する通信用空中線及び関連機器等の設計製造業務及び保守整備を開始する。
1971年 11月 海上自衛隊の新造艦武器システムのシステムエンジニアリング業務を開始する。
1974年 8月 レーザー応用機器の設計製造業務を開始する。
1983年 11月 当社製品のレーダ交換機(3機種)が財団法人防衛装備協会賞を受賞する。
1985年 11月 当社製品のターターランチャーミサイルシュミレーターが財団法人防衛装備協会賞を受賞する。
1986年 8月 対潜哨戒機(P-3C)搭載電子機器の修理業務を開始する。
1988年 11月 米国GE社(GE/RCA)に協力して、海上自衛隊新造イージス艦の武器システムエンジニアリング業務を開始する。
1990年 5月 米国グラニット社が製造し、海上自衛隊に納入する潜水艦用複合空中線(AN/BRA-34A)の修理に関する業務支援契約を極東貿易(株)と締結する。
1990年 9月 永年にわたる協力、貢献に対し、防衛庁長官から感謝状を授与される。
1993年 9月 米国レイセオン社とタータモジュールの修理に関する技術支援契約を締結する。
1994年 11月 当社製品の潜水艦用浮遊空中線が財団法人日本防衛装備協会賞を受賞する。
1996年 11月 創立50周年。
1997年 8月 仏国タレス社が製造し、海上自衛隊の航空機に装備されるOM-100レーダの保守整備に関する覚書を(株)丸紅と締結する。
2000年 4月 ISO9001(品質マネジメントシステム(QMS))認証取得。
2002年 7月 三菱電機、ロッキードマーチン、三菱商事との合弁会社「(株)エム・エル・エス」の創立に参画
2004年 10月 本社・工場を移転、横浜地区工場を統合。(金沢区福浦)
2004年 12月 SH-60K搭載HPS-105アイサーレーダの修理業務を開始する。
2006年 8月 ISO14001(環境マネジメントシステム(EMS))認証取得。
2007年 12月 ワイマックス株式会社の経営権取得。
2009年 3月 ISO27001(情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS))認証取得。
2011年 9月 神戸事業所を本社工場及び呉事業所へ移転統合, 神戸事務所開設。


洋上作業


洋上作業


ドッグの様子(長崎)


洋上作業


会社設立時、このビルの2階に本社を構えた


1955年頃の第2工場


かもめ町全景